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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)428号 判決

控訴人

岩井清一

右訴訟代理人

石井正二

被控訴人

石田治平

右訴訟代理人

相馬健司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  原判決別紙土地目録記載の土地に関する控訴人と被控訴人との間の賃貸借契約上の地代は、昭和五七年一月一日からは一か年金三〇万円であることを確認する。

3  被控訴人は、控訴人に対し、金五七万円を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  第三項につき仮執行の宣言

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  控訴人は、被控訴人に対し、昭和一八年、原判決別紙土地目録一、二記載の土地(以下「本件土地」という。)を賃貸した。

2  本件土地の賃料は昭和四六年当時年額三四八〇円であつたが、控訴人は、昭和四七年以来口頭で被控訴人に対し本件土地の賃料を少なくとも公租公課に見合うものに増額するよう請求し続けていたが、被控訴人はこれに応じなかつたので、昭和五六年八月一一日付け内容証明郵便で被控訴人に対し本件土地の賃料を年額三〇万円に増額する旨の請求をし、右郵便は、同月一四日被控訴人に到達した。

3  被控訴人は、右増額請求に応ずることなく、昭和五六年以降佐倉市農業委員会が指定した標準小作料に基づいて毎年一万五〇〇〇円を本件土地の賃料として供託している。

4  本件土地の賃料は、少なくとも昭和五七年以降は、次のとおり年額三〇万円とするのが相当である。

(一) 本件土地は、右賃貸当時、地目どおり田であった。その後、本件土地を含む地域は、昭和四五年七月三一日都市計画法上の市街化区域に指定され、区画整理事業の施行によつて本件土地について昭和五〇年一二月二二日原判決別紙土地目録末尾記載の仮換地(以下「本件仮換地」という。)が指定され、被控訴人は遅くとも昭和五一年以降本件仮換地を畑として耕作し、現在に至っている。

(二) しかしながら、本件土地の昭和五二年度からの固定資産税及び都市計画税は、原判決別表(一)記載のとおりであつて、遅くとも昭和五二年以降宅地並みに課税されている。ところが、農地法の一部を改正する法律(昭和四五年法律第五六号)附則八項及び農地法施行令を改正する政令(昭和四五年政令二五五号)附則六項により小作料の最高額の統制は右改正後も昭和五五年九月三〇日まで一〇年間存続し、その間前記課税額と統制小作料との逆ざや現象が生じていたが、右統制の廃止後も農地法二四条の二第一項に基づき農業委員会が小作料の標準額を定めることができるものとされており、佐倉市農業委員会も標準小作料を指定していて、前記課税額と右標準小作料とも逆ざや現象が続いている。

(三) ところで、右の標準小作料は通常の農業経営をする者が純粋の農地を耕作する場合を対象としているものと解すべきであるところ、本件土地は地目は田で現況は畑であるが届出により何時でも宅地に転用することができる土地であつて現に宅地並みに課税されているものであり、そのうえ、被控訴人が耕作をしている農地は本件土地だけであつて、しかも、その耕作は自家消費物を作つているにすぎず農業経営として行つているものではないから、本件土地の賃料を右標準小作料を基準として定めるのは相当ではない。

(四) 本件土地の賃料は、少なくとも、本件土地の固定資産税及び都市計画税の合計額に純粋の農地(畑)の賃貸借の場合の賃貸人の実質取得額を下回らないように定められるべきである。すなわち、本件土地の昭和五二年度以降の固定資産税及び都市計画税は原判決別表(一)記載のとおりであり、仮に本件土地が純粋の農地であるとすればその一〇アール当たりの標準小作料は昭和五六年から同五九年までいずれも一万五〇〇〇円であって、その固定資産税額は原判決別表(二)記載のとおりとなるはずであるから、その実質取得額は同表記載のとおりとなるはずであり、したがつて、本件土地の賃料は、原判決別表(一)と同(二)とを加えた同別表(三)記載の金額を下回らない金額に定められるべきであり、少なくとも、昭和五七年度以降の本件土地の賃料は年額三〇万円とするのが相当である。

(五) 仮に、本件土地の賃料増額について農地法二三条一項によるべきであるとしても、前記本件土地に対する課税額の著増は、右規定にいう「その他の経済事情の変動」に該当することが明らかであるから、昭和五七年度以降の本件土地の賃料は年額三〇万円とするのが相当である。

5  よつて、控訴人は、被控訴人に対し、本件土地の賃料が昭和五七年一月一日以降一か年三〇万円であることの確認と、昭和五七年分及び昭和五八年分の各賃料三〇万円から被控訴人の供託にかかる各一万五〇〇〇円を差し引いた残額合計五七万円の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  1の事実は、本件土地の賃貸借の時期が昭和一八年であることを除き、認める。右時期は、昭和二〇年三月ころである。

2  2の事実は認める。

3  3の事実は認める。

4  4の主張は争う。

(一) 4の(一)の事実は認める。但し、原判決別紙土地目録二記載の田の地積は、昭和四六年四月一四日の地積訂正前は八九平方メートルであった。

(二) 4の(二)の事実中、農地法改正後一〇年間の小作料の統制の存続したこと及びその後標準小作料の定めのあることは認めるが、本件土地について宅地並み課税がされていることは不知、その余は争う。

(三) 4の(三)の主張は争う。

(四) 4の(四)の主張は争う。

(五) 4の(五)の主張は争う。

三  被控訴人の主張

本件土地は未だに農地であり、しかも控訴人は農地としてのみこれを被控訴人に賃貸しているのであるから、その賃料増額請求は、農地法二三条一項本文によるべきである。しかるに、控訴人は右規定の要件を何ら主張しておらず、単に本件土地に宅地並みの課税があつたというのであつて、これは右要件に当たらず、しかも、控訴人の賃料増額請求以前に既に本件土地には宅地並み課税がされており、右以後に税額が増加した事実はない。

農地法所定の小作料は、農地の使用の対価であり、賃借人の収益を基準として定められるべきであることは同法二四条に照らし明らかであつて、当該農地の使用によつて通常得られる収益のうちの一定割合であるべきところ、同法二四条の法意に照らして、田の場合には収穫された米の価額の二割五分、畑の場合には同主作物の価額の一割五分をもつて最高限度と解すべきである。被控訴人は、区画整理後本件土地を畑として耕作し、きゅうり、トマト、キャベツ、白菜、ねぎ、里芋、さつまいも、馬鈴薯、とうもろこし、ごぼう、豆類、みつば等をすべて自家用に生産している。そのため、その収益を金額で示すことは困難であるが、佐倉市において、耕地一〇アール当たりの生産農業所得は統計上八万二〇〇〇円とされており、畑の場合その標準小作料は市内全域一万五〇〇〇円と定められている。したがって、右を上回る控訴人の請求は失当である。

宅地並み課税による逆ざや現象は、控訴人が本件土地を農地としてしか貸与しないこと又はこの賃貸借を解約しないことに由来するものであるから、これによる不利益は控訴人が甘受すべきものである。

第三  証拠<省略>

理由

一次の事実は、当事者間に争いがない。

1  控訴人は、被控訴人に対し、遅くとも昭和二〇年三月ころまでに、本件土地を賃貸した。

2  本件土地の賃料は昭和四六年当時年額三四八〇円であつたが、控訴人は、昭和四七年以来口頭で被控訴人に対し本件土地の賃料を少なくとも公租公課に見合うものに増額するよう請求し続けていたが、被控訴人はこれに応じなかつたので、昭和五六年八月一一日付け内容証明郵便で被控訴人に対し本件土地の賃料を年額三〇万円に増額する旨の請求をし、右郵便は同月一四日被控訴人に到達した。

3  被控訴人は、右増額請求に応ずることなく、昭和五六年以降佐倉市農業委員会が指定した標準小作料に基づいて毎年一万五〇〇〇円を本件土地の賃料として供託している。

二そこで、控訴人主張の右増額請求の当否について判断する。

1  請求の原因4の(一)の事実は、当事者間に争いがない(なお、<証拠>によれば、原判決別紙土地目録二記載の土地の地積は、昭和四六年四月一四日八九平方メートルから四〇七平方メートルに訂正されたことが認められる。)。右当事者間に争いがない事実に、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一)  控訴人は、被控訴人に対し、本件土地を農地として賃貸し、農地以外の目的に使用することを許していない。

(二)  被控訴人は、昭和二八年ころまでは新聞販売業、その後精肉業、アイス・キャンデー製造業などをしていたが、右営業の傍ら昭和一八年ころから本件土地を田として耕作していたところ、昭和四五年七月三一日本件土地を含む地域は都市計画法上の市街化区域に指定され、区画整理事業の施行により昭和五〇年一二月二二日本件土地について本件仮換地が指定されたので、昭和五一年ころからは本件仮換地を畑として自家用の野菜等を栽培し耕作している。なお、被控訴人は、本件土地及び本件仮換地以外には田畑を耕作していない。

(三)  本件仮換地は、国鉄佐倉駅の北方一〇〇メートル以内に位置し、佐倉市により施行された区画整理事業により付近一帯は近年急速に市街地として整備されつつあり、本件土地のほか農地として使用されている土地は付近にほとんど見当たらない。

(四)  本件土地についての昭和五二年から同五九年までの固定資産税及び都市計画税は、原判決別表(一)のとおりであり、課税上本件土地については遅くとも昭和五二年以降ほぼ宅地並みに課税されていたが、昭和五五年以降はいわゆる宅地並み課税農地として取り扱われている。

(五)  農地法上昭和四五年以前に締結された農地の小作契約については小作料の最高額が統制されていたが、控訴人主張のように昭和四五年の農地法の改正後も一〇年間は右統制が存続し、その後昭和五五年一〇月一日から農業委員会が定める標準小作料を基準として当事者間で小作料を定めることができるようになり、佐倉市農業委員会は昭和五六年三月七日、佐倉市内全域の畑の標準小作料を一〇アール当たり一万五〇〇〇円として公示し、被控訴人は、本件仮換地の面積をほぼ一〇アールとみて右標準小作料によつて本件土地の賃料を供託している。

2  右1の(一)(二)の事実によれば、本件土地及び本件仮換地は、いずれも農地法上の農地に当たるものというべきであり(本件土地に宅地並み課税がされていることは、本件土地が農地法上の農地であることを何ら左右するものではない。)、また、被控訴人は、控訴人から賃借した本件土地及び本件仮換地において耕作の事業を行つている者と認められるから(耕作の事業を行うとは、自己が主宰して農耕行為を反覆継続して行うことをいい、必ずしも営利目的で行うこと及び耕作を主たる事業としていることを要しないものと解すべきである。)、農地法上の小作農に当たるものというべきであり、本件土地の賃料は農地法上の小作料に当たるものというべきである。

そうすると、本件土地の賃料の増額請求については、小作料の増額請求として農地法二三条一項本文の規定によるべきである。

3 ところで、農地法二三条一項本文によれば、小作料の増減額請求は、「小作料の額が農産物の価格若しくは生産費の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により又は近傍類似の農地の小作料の額に比較して不相当になつたとき」にできるものとされている。

控訴人は、増額請求の理由として、本件土地について宅地並み課税がされ、それが被控訴人の標準小作料に基づく供託額を大きく上回るものであること(いわゆる逆ざや現象)を主張し(これらの事実は、前記1の(四)(五)認定の事実から明らかである。)、それが「経済事情の変動」に当たるものであるというだけで、そのほかの「農産物の価格若しくは生産費の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動」の事由のあることについては何ら主張立証をしない。

4 しかしながら、農地法は小作農の保護をもその目的としているものと解されること(同法一条参照)、同法二四条の二は、農業委員会が小作料の「標準額」を定めることができ、その際には「通常の農業経営が行なわれたとした場合における生産量、生産物の価格、生産費等を参酌し、耕作者の経営の安定を図ることを旨としなければならない。」とされ(昭和四五年九月三〇日四五農地B第二八〇二号次官通達は、右標準額は、原則として「土地残余方式」で算定すべきであるとし、その方式は、粗収益から物財費、雇用労働費、家族労働費、資本利子、公租公課(小作農が当該農業経営に関して負担するものをいう。)及び経営者報酬を控除して算出すべきものとしている。)、同法二四条の三は、右標準額に比較して著しく高額な契約小作料に対する減額勧告制度を定め、賃貸人において右標準額を尊重すべきことを求めていること、更に小作料の増減について、借地法が「土地ニ対スル租税其ノ他ノ公課ノ増減」を地代増減の斟酌事由として明定しているのに対し、同法二三条一項本文は前記のとおり「農作物の価格若しくは生産費の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動」を斟酌事由として定めるにとどまり、小作地に対する公租公課の増減を直接の斟酌事由とはしておらず、かえつて、同法二四条は、災害等不可抗力によつて小作料の額がその年の粗収益に比して著しく高率になつた場合を想定して、その場合小作農は、畑にあつては収穫された主作物の価額の一割五分(田にあつては米の価額の二割五分)まで小作料の減額を請求することができる旨定めていることに照らすと、農地法は、同法の適用を受ける小作料については耕作者の地位ないし経営の安定に適うものであることを要し、小作料の額は主として又は専ら当該農地の通常の収益を基準として定められるべきであるとしているものと解され、単に当該農地に対する課税と小作料との間に逆ざや現象があるというだけで直ちにこれを解消するだけの小作料の増額請求を許容することは認めていないものと解するのが相当である。

もっとも、農地について小作料を大幅に上回る宅地並み課税がされいわゆる逆ざや現象が生じた場合にはこれにより地主が多大の不利益を強いられることは明らかである。しかし、都市計画法七条二項が「市街化区域は、すでに市街地を形成している区域及びおおむね一〇年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域とする。」と定め、これに対応して農地法四条一項五号が都市計画法二三条一項の協議がととのつた市街化区域内の農地については省令で定めるところにより予め知事に届け出て転用することができるとし、許可は不要であることを定めていること(もつとも、当該農地が賃貸借の目的となつている場合には農地法二〇条一項の規定による解約等の許可は必要であるが、同条二項二号又は五号の規定により比較的容易にこれを得ることができるものと考えられる。)に照らすと、都市計画法も農地法も市街化区域内の農地は宅地に転用するのが相当であるとしているものと解されるのであつて、これらの農地に対するいわゆる宅地並み課税も、これを前提として(言い換えれば、潜在的に宅地としての収益力ないし資産価値のあることを前提として)周辺宅地との課税の均衡を図るとともに土地対策に資する目的でされているものであり、右課税によつて生ずる逆ざや現象の解消は、これら農地を農地のままにとどめ小作料の増額によりこれを小作農に転嫁することによつてではなく、当該農地を宅地に転用し宅地として利用することにより相応の収益を挙げることによつて解消すべきものと解するのが相当である。

5  以上によれば、控訴人の前記賃料増額請求(その趣旨は、被控訴人が供託している標準小作料以上に小作料の増額を求めるにあるものと解される。)は、結局その要件である農地法二三条一項本文所定の事実が主張立証されていないことに帰するからその効力を認めることができず、右増額請求の効力が発生したことを前提とする控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく、これを棄却すべきものである。

三そうすると、原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(西山俊彦 越山安久 村上敬一)

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